Nov 28, 2018

社会、社員、自分自身。目指すは、すべてが幸せになる経営。

Peace株式会社 代表取締役
菅 亮太(すげ りょうた)さん
鶴岡市出身/鶴岡市在住  30代

 

▼高校入学後の歩み

・1年目〜
通っていた美容室で、見習いとして働き始める。

・12年目〜
独立し、個人事業主として「美容室Peace」を開業。

・14年目〜
Peace株式会社設立。移動美容室事業を開始。

・20年目〜
訪問美容サービス「ヤドカリヘアカット」開始。

・21年目〜
ヘアカラー専門店「プロカラ」開始。

 

店舗と同等のサービスが提供可能なトラック「移動美容室」や、庄内初のヘアカラー専門店など、従来の美容室の枠を超えさまざまな事業を展開する「Peace株式会社」。代表を務める菅亮太さんがこの世界に入ったのは16歳、やっとの思いで合格した志望校をわずか半年で辞めての選択だった。

「いわゆる燃え尽き症候群ですよね。勉強頑張ってギリギリで合格したんですけど、入ってみたらまったく目的が見出せなくて。部活とか勉強とか、熱中できるものを見つけて頑張っている周りとの温度差もあって、高校生活がつまらなくなってしまったんです」。

修行先として選んだのは、髪を切ってもらっていた美容師さんの店。営業時間中は先輩たちのサポートに奔走し、閉店後は夜遅くまでひたすら練習を繰り返す。少しでも時間が空けば、資格取得に向けた勉強を重ねる。ゼロからの出発だ、これくらいのことは菅さんも覚悟していただろう。しかし、忙しい毎日に追い打ちをかけるように、さらなる試練が菅さんを襲った。

「私は特に肌が弱くて、パーマ液など仕事で使う薬品で手がかぶれてしまって。とにかく痒くて、起きているときはなんとか我慢できても、寝ているときに無意識で血が出るまでかきむしってしまうんです。なので、寝るときは手袋をして両手を合わせ、ガムテープでぐるぐる巻きにしていたほどでした」。

そんな状況は10年以上も続いたという。それでも、菅さんは決して音を上げることはなかった。

「親とか周囲の大反対を押し切って高校を辞める時点で、覚悟は決めていましたから。自分は崖っぷちで後戻りはできない、絶対に成功させてやるんだって。その気持ちは今でも変わっていませんね」。

基本に立ち返り、進むべき方向を見極める。

どんな苦難にも気持ちを折らず、努力を重ね、美容師として着々と力を蓄えていった菅さん。独立を決意した頃には、400名以上のお客さまを担当するまでになっていたという。「これならいける」。確信を持って自分の店をオープンしたのが27歳のとき。人を雇い組織を運営するのはもちろんはじめてだったが、独学でさまざまな知識を身につけながら、少しずつ規模を大きくし3年目には法人化を果たす。時を同じくして、新事業「移動美容室ピース」を開始。きっかけは、企業の存在意義を突き詰めて考えたことだった。

「あたりまえのことですが、人が商品やサービスにお金を払うのは、それが必要だからなんです。企業のやるべきことは、『自分がやりたいこと』ではなく『社会が必要としていること』。このことに気づいてから、進むべき道が明確になりました」。

企業にとっても社員にとっても、大切なのは社会との関係性。

移動美容室、その後にスタートした訪問美容サービス「ヤドカリヘアカット」は、加速する高齢化に応えるために始めた事業だ。山間部などに暮らしていて近所に美容室がない、体の状態から外出自体が難しいなど、自力で美容室へ来てもらうことができないお客さまのためにスタートし新事業だったが、多角化の目的はそれだけではないという。

「美容師って、何年もかけて経験を積んでようやくスタイリストとして軌道に乗ってきた頃に、結婚や出産を機に辞めてしまう人がとても多い職業なんです。それって、会社にとっても業界にとっても大きなマイナスなんですよ。さまざまな境遇の美容師が働ける環境をつくることも、事業多角化の大きな目的なんです」。

移動美容室ピース、ヤドカリヘアカット、そしてこの夏スタートしたヘアカラー専門店「プロカラ」。いずれも中心となるメンバーは、プライベートとの両立が難しく1度は引退した美容師さんたちだ。提供するサービスだけでなく、働く環境を整える上でも「社会に必要とされているかどうか」は菅さんにとって大切な指標なのだ。それはまた、会社経営に限らず、仕事を選ぶ上でもヒントになるはずだと菅さんは言う。

「中学生や高校生は、やりたいことが見つけられなくて悩んでいるなら、『やりたいこと』ではなくて『できること』をまずは見つけること。そして、それを活かせる仕事がないかを考えることだと思うんです。例えば力自慢なら、運送業や大工さん、また介護の現場などでも活躍できるわけです。思いついた仕事の周辺には、関連する仕事がいくつもあるので、視野を広げていけば『やりたいこと』が見つかると思うんですよ。中には、大学や大学院への進学が必要な仕事もあるはずなので、より多くの選択肢から自分に合った道を選べるように勉強も頑張ってほしいですね」。

そう言って笑う菅さんの目は、誰もが楽しく暮らし働ける庄内を、いつでも見据えている。